チアチア族のハングル教育(資料写真)=(聯合ニュース )
チアチア族のハングル教育(資料写真)=(聯合ニュース )
【インドネシア・バウバウ27日聯合ニュース】ハングルの導入からわずか1年しか経っていないが、インドネシア・スラウェシ州のバウバウ市(ブトン島)に暮らす少数民族、チアチア族の暮らしには、すでにハングルが奥深く根付いていた。
 聯合ニュース取材陣が17日、ハングルで書かれた教科書でチアチア語を教える同市の小学校を訪れた際、ハングル熱の高さをすぐに感じ取ることができた。
 都心から車で約20分離れた、チアチア族が暮らすソラオリオ地区に入るや、唯一の現地ハングル教師のアビディンさんが作ったというハングルの道路標識があちこちで目に止まる。この日は、韓国の学会から派遣された韓国人教師チョン・ドクヨンさんが、4年生に初めてのハングル授業を行った。同小学校では、昨年7月21日に4年生を対象に初のハングル授業を行った。今月始まった新学年度からは、5年生に上がった児童と新4年生がハングルを学ぶ。
 学校に入ると、運動場で遊んでいた子どもたちが駆け寄り、韓国語で取材陣を歓迎した。警戒心と好奇心が入り混じった表情で記者らを遠くから眺めるだけだった昨年とは大きく違う。
 校内左手にある小さな教室では、チョンさんが新4年生にインドネシア語とチアチア語を交えてハングルを教えていた。児童らは目を輝かせながら、チョンさんの説明に聞き入っている。机といすが足りず、いす2つに3~4人が座っているのがやや窮屈そうに見えたが、チョンさんの書くハングルを懸命にノートに書き写す姿からは、とても幼い子どもとは思えない情熱が感じられた。名前を呼ばれた児童が黒板に文字を書くと、皆が歓声を上げ、手をたたいた。
 授業では、ハングルの名札も作った。ほとんどがハングルを初めて習うため、チョンさんと取材陣が一人一人名前を書いて手本を見せると、児童らは紙にくっきりと名前を書き付けていった。自分の名札を早々に作りクラスメートを手伝っていた10歳の少女は、「近くに住む5年生のお兄さんの教科書を見て一人で文字を学んだ」と話した。
 チョンさんによると、1年間ハングルを学んだ5年生の99%がチアチア語をハングルで完ぺきに表記し、読めるようになったという。とはいえ、ハングルは元々習得が簡単な文字なので、それほど驚くことではないと笑った。
 チョンさんは、4つの学校で現地ハングル教師のアビディンさんと一緒にハングルと韓国語の教育に当たっている。同地にハングル教育を根付かせたいと覚悟を示すとともに、生徒のハングル熱が高く、教師支援の拡充が至急だと、韓国からの支援を求めた。
 アビディンさんは、「1年前まではチアチア族には文字がなく、歴史はもちろん童話さえも記憶から消えていった。ハングルを教えることでわれわれの文化を残せるようになり、大きな自負心を感じている」と、ハングル導入後の1年間を振り返った。
 子どもたちにとって、ハングルは民族の伝統と文化を守る手段であると同時に、より豊かな人生を夢見させるものでもあった。
 2日後、取材陣はハングルと韓国語の教育を受けている高校2年生の教室を訪れた。ある生徒が教室の前に立ち、韓国語で「準備できましたか?」と聞くと、生徒らは韓国人歌手グループgodの「青い風船」を歌い始めた。その発音は、韓国語を1年間学んだだけとは思えないほど正確だった。複雑な語尾の変化や助詞は正確に使いこなせなかったものの、日常生活の基本的な語彙(ごい)はほぼ習得しており、コミュニケーションには大きな問題がなかった。
 ある長身の男子生徒に案内され、学校から3キロメートルほど離れた彼の自宅を訪れた。自室の壁には「わたしは韓国に行きたいです。そして韓国で暮らしたいです」などと書かれたメモが張られていた。人ひとりがようやく横になれるほどの狭い部屋には、かろうじて文字が読める程度の薄明るい電球が1つだけついている。彼は、クラスの友人に借りた辞書やプレゼントされた教材で、毎日遅くまで韓国語を勉強しているという。いつかは韓国の旅行会社で働きたいと、夢を語った。
 バウバウ市に暮らすチアチア族は8万人余りだが、そのほとんどが農業、漁業などの第一次産業に従事している。中央や地方の官職は大半を他民族が占め、商業は他の東南アジア諸国と同様に華僑が主導権を握っている。



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