パク・ウォンスン(朴元淳)氏は1956年、韓国生まれの弁護士・社会運動家・政治家である。
パク・ウォンスン(朴元淳)氏は1956年、韓国生まれの弁護士・社会運動家・政治家である。
失踪中だったパク・ウォンスン(朴元淳)ソウル市長が死去していた事がわかった。韓国警察と消防の2次捜索中に遺体で発見されたこと。享年64歳。

 パク市長は1956年韓国生まれの学生運動家・弁護士・社会運動家・政治家である。

 1975年、「韓国の東大」ソウル大学に入学。数か月後に学生運動中の「緊急措置違反」で拘束、大学から除籍。以降、タングク(檀国)大学の法学部を卒業し司法試験に合格した。

 1982年には検事となったが、死刑に立ち会えないとの理由で辞表を提出し、弁護士に転身した。

 以降、韓国初のセクハラ事件弁護人となり有名になった。セクハラの概念すらなかった韓国社会に関連法律を立法化させる社会運動を行ったこと。

 人権派弁護士として活躍しながら、旧日本軍慰安婦問題と関連した反日運動「女性国際戦犯法廷」にも関与していた。

 また、韓国を代表する市民運動団体「参与連帯」の創設に関与、執行委員および運営委員を務めた。参与連帯事務処長を務めていた2000年には、第16代総選挙において「落選運動」を主導するなど、行動派の弁護士として知られるようになった。

 「美しい財団」を設立し、市民運動に大企業の寄附金を投入させる新しい社会運動のモデルを開発した張本人でもある。

 2011年10月に行われたソウル市長の補欠選挙には、当時は野党だった革新系・左派の統一候補として立候補し当選、第35代ソウル市長に就任した。また、2014年6月には再選を果たし、2018年6月には3選に成功した。

 2019年の日本製品の不買運動では、「No Japan」を主導しながらも、日本のトヨタ製レクサスに乗っていて話題となった。

 韓国の左派・革新系を代表する次期大統領候補とも言われているが、失踪の前日、元秘書からセクハラの告訴があったと報じられている。
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