産経新聞は15日付けのコラムで、ペク将軍は“よど号ハイジャック事件(日本の赤軍派による日航機の乗客拉致事件)が発生した1970年当時、韓国の交通相として事件解決のための交渉を指揮していたことを載せた。
また「ペク将軍は朝鮮戦争当時、プサン(釜山)を守り抜いた“救国の英雄”にもかかわらず、ムン・ジェイン(文在寅)大統領は葬儀場に花輪を送っただけで、弔問には来なかった」とし「日本の敗戦時、満州国の陸軍将校だったペク氏に対して、左翼・革新勢力たちが“親日派”というレッテルをつけたためだ」と主張した。
産経新聞は「韓国の大統領のかわりに(故人に)深い哀悼の意を表したい」と付け加えた。
ペク将軍の葬儀は11日から5日間、陸軍葬として行なわれ、テジョン(大田)国立顕忠院(国家功労者が祀られた国立墓地)へ安葬される予定である。
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