智弁学園高校と兄弟校の和歌山、奈良カレッジ高校の生徒と教師計609人は、20日と21日に分け公州の武寧王陵や扶余の落花岩などを訪れた。ことしの修学旅行は4泊5日で、船便で釜山に到着し、慶州、公州、扶余、鉄原、ソウルをめぐり、航空便で日本に帰る。
同学園では1975年3月に生徒344人が初めて韓国を訪れて以来、これまで計約1万7000人が韓国を訪問した。
この修学旅行は、昨年12月に78歳で他界した学園設立者、藤田照清氏の心の奥にあった「償いの気持ち」から続けられてきた。藤田氏は、日本が植民地時代に行った行為を常に重荷のように抱えていたと伝えられる。
同氏は、つらい過去を乗り越え、真の友人になるには青少年の交流が欠かせないと強く信じ、交通の便が悪く宿泊施設も不十分だった1975年から、修学旅行生とともに百済の古都の公州と扶余を訪れるようになった。
この間、修学旅行は1年も欠かさず続けられてきた。ただ、独島(日本名:竹島)問題、日本の歴史教科書の波紋、SARS(重症急性呼吸器症候群)などが発生するたび、生徒や保護者からは韓国への修学旅行に不満の声が挙がり、困難な状況に直面することもあった。
公州市は21日、修学旅行団を歓迎するイベントを開いた。市関係者は、韓国を訪問した生徒が百済の文化を理解し、韓日両国の正しい歴史観を身につけてくれれば、と話している。
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