イ・ヨンエ の最新ニュースまとめ
■酸素のような女性
1971年1月31日生まれのイ・ヨンエ。人も羨むほどの美貌を誇る彼女にも、人並みのコンプレックスはある。
潜在的に彼女を不安に陥らせるのは、デビュー時の一連の経緯だ。あまりに恵まれたスタートが、かえって心の負担になることがあった。
もともとイ・ヨンエは、中学生の頃から雑誌のモデルをしていたが、大学2年生のときに、香港の大スターのアンディ・ラウが出演するチョコレートのCMの相手役に起用された。
さらに、韓国の大手化粧品のイメージキャラクターにも抜擢され、シンデレラガールとして韓国で特に有名な若手タレントになった。
そのときのキャッチフレーズが「酸素のような女性」。
この言葉があまりに有名になりすぎてしまい、以後のイ・ヨンエに常に付いてまわるようになる。
■女優としての一つの到達点
1993年にドラマ『お宅の夫はいかがですか』で女優としてデビュー。1996年には、ペ・ヨンジュンとドラマ『パパ』で共演し、しっかりと自分のポジションを固めていった。
しかし、彼女には常に負い目があった。
CMタレントとして得た名声が常に先行していることが心に引っかかっていた。それでも出演依頼は多く、1996年には大作の『インシャラ』で映画デビューを果たしたのだが、興行的に失敗し、イ・ヨンエは深い痛手を受けた。
テレビから映画へステップアップするはずが、わずか一作で「映画の主役は無理」という烙印を押されてしまった。
以後、イ・ヨンエは再びテレビドラマに活路を見いだしていく。
なにごとにも集中するタイプの彼女は、与えられた役に全精力を傾けて自分なりの新境地を開こうと努力した。
その一つの到達点が、2000年のドラマ『火花』だった。
清楚な印象が強かったイ・ヨンエは、『火花』ではまるで別なイメージを付け加えることに成功した。「婚約式の直前に別の男性と激しい愛に陥る女性」という特異な役を演じたのだが、タイトルのように火花が散るような演技を随所に見せて、完璧な女優に脱皮したことを印象づけた。
■チャングム役の依頼を受けた
再びスクリーンに戻って主演した『JSA』が興行的にも大成功し、『インシャラ』の雪辱を見事に果たした。
ようやく彼女は、心にくすぶっていたコンプレックスを払拭することができた。
2001年には続けて『ラスト・プレゼント』、『春の日は過ぎゆく』でも主役を務め、すっかり映画女優としての貫祿を身につけた。
そのあとはしばらく俳優業から遠ざかった。特集放送の司会とCF出演以外には、表立った活動がなかった。もちろん、出演オファーが次々と持ち込まれたが、彼女は首を縦に振らなかった。
人の何倍もの努力でようやく自信らしきものが芽生えた彼女は、ゆっくりと時間をかけながら望ましい役を待っていた。そんな中で持ち込まれたのが、チャングムという朝鮮王朝時代の一人の医女の一代記だった。
監督は時代劇でヒットを連発していたイ・ビョンフン。魅力的な演出家だが、不安のほうが大きかった。
時代劇となると、1995年に出演した『西宮(ソグン)』以来のことで、長いブランクが気になった。ただ、不遇な環境の中から王宮内で力強く成長する女性の生き方に興味をもった。
「どんな役を演じるにしろ、意気込んでよくできる場合もあれば、流れに従ううちに条件が揃ってよくなる場合もあります。今回は親しい知人たちに相談したら、みんなが『ぜひやりなさい』と言ってくれました。それで決心しました」
このように、イ・ヨンエは周囲の助言が力になったと告白している。
文=康 熙奉(カン ヒボン)
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