反面それだけ勝負に徹し勢い余ってのことだとも思えます。勝つことに徹し勝負に全神経を集中させているからではないでしょうか。公平に「立ち合い」、勝負が終わった後は相互に礼をして下がる相撲のしきたりは日本の誇る様式美であり勝負にがつがつする様は品格がないものです。しかし相撲も「勝負」である以上勝ち負けが存在しているのも事実です。
新聞にこんな記事が載っていました。囲碁の話で「Go・碁・ジャパン」三年目という題目で、日本囲碁の復活を目指しプロ棋士団体が作ったナショナルチームが発足して三年目を迎えたという内容です。「日本の囲碁は…(中略)…伝統文化、芸事としてとらえ、勝負よりも最善の一手を求める姿勢を重視するのだ…(中略)…一方の中韓両国は、囲碁を「頭脳スポーツ」としてとらえる。極論を言えば、経過はどうでもよく、勝ち負けの一手に絞るドライな棋風。最後の最後まで打ち続け投了するような、日本では嫌われる作法も彼らはいとわない」と日本のお家芸である囲碁が中国と韓国の後塵を拝し、早く失地回復を願う記事でした。(毎日新聞朝刊二〇一五年七月三十一日 記者の目)
先日日韓国交正常化五十周年の記念式典に行ってきました。その公演は日韓の芸能など盛りだくさんのプログラムでしたが、その中で空手の演武があり小学生ら幼い子どもたちが一生懸命演じる姿はほほえましくあり感動的でした。ただ韓国と違う点がありました。韓国でもこのような記念式典があると毎回韓国の国技である「テコンドー」(空手と似た武道)の演武が行われますが、必ずと言っていいほど韓国では実戦的な試技が行われます。板を割ったり飛び跳ねて的を撃破するなど、子どもたちであっても必ず演じます。
日本は「形」や「演武」が主でした。もちろん空手でも瓦を割ったりするところを見ましたが、演武の主が「様式」つまり「形」にあり、韓国は「実践」に重きを置いているような気がします。たまたまかもしれませんが。
文=権 鎔大(ゴン ヨンデ)
出典=『あなたは本当に「韓国」を知っている?』(著者/権鎔大 発行/駿河台出版社)
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