ロック歌手キム・ジョンソが、4年間のブランクを破ってカムバックする。『答えない君』『美しき拘束』など、珠玉のような歌を聞かせてくれた彼が、影をひそめている間に、音楽的な力量を増して以前より成熟した姿で戻ってきた。
高音でシャウトしていた歌い方も、低く柔らかくなった。不惑の年になった彼のイメージは一変したように感じられる。

好んで吸っていたタバコも3年前に止め、毎日体を動かして健康管理するようになったのが、彼にとってはまた大きな変化である。
ロックバンド<復活><シナウィ>などのリードシンガーとして音楽人生をスタートし、その後1992年にソロ転向したキム・ジョンソ。
未完成の9thアルバムのデモCDを持ってきた彼と先日、出会った。


<b>-これまでどのように過ごしていましたか</b>
「家に作ったスタジオで1人で作曲や編曲ばかりしてました。今やっと音楽というものがぼんやりとわかってきましたし、楽しくやっています。今までのような、ボーカル中心で歌う姿を見るのは難しくなるでしょう。喉の力を抜いて、シャウトする刺激的な歌い方を改めました。スティングの来韓コンサートを見に行ったとき、彼らは“音楽は難しい”と言っていましたが、今、その言葉の意味がわかったような感じです」

<b>-休みの期間が長すぎて、ファンたちに忘れ去られた歌手になるところでしたね</b>
「本当は一昨年にニューアルバムを発表する予定でした。でもその時は、自分の変化の時期でしたし、そのまま発表してしまうのでは物足りないと思いました。音楽的な渇きもありました。時間をかければ音楽的な変化があると思い、もっと休んで、これまで作業してきた曲を全部捨てて一から出直しました。およそ50曲くらいを書いては全部消してしまいましたからねえ」

<b>-ニューアルバムに収録された歌はどんなジャンルですか</b>
「音楽のジャンル破壊現象は2000年から始まっています。最近の音楽トレンドはフュージョンです。クロスオーバー的な音楽で、ジャンル自体がありません。僕もジャンルの区別なしで自然な姿を見てもらうつもりです。歌のディテールにこだわるようになったし、前はやらなかったジャンルも導入しました。音楽にエレクトロニカ技法が多分に使われています。ヘヴィメタル、ロック、伝統ロックもあります。色に例えるなら天然カラーですね。これといったカラーがないので偏見を捨てて気軽に聞けます。でも、キム・ジョンソの感じはそのまま音楽の中に溶けこんでいます」

<b>-作曲するに当たってどんなところに重点を置きましたか?</b>
「大衆性が一番大事です。音楽は大衆によって作られるからです。この延長線上から、タイトル曲『星』は、大衆が共感できる歌です。愛と別れを主題としたありふれた内容ですが、それなりに愛に大きな意味を込めました。僕たちがこの世を美しいと感じるのは愛する人がいるからでしょう」

<b>-新曲からして、変化したことが強く感じられますが、今後はどんな姿を披露するつもりですか?</b>
「低音の魅力を知りました。新しい声を見つけるのにずいぶん時間がかかったようです。『星』を低音で始めて歌ったんですが、すごい変化がありました。楽器も、長い間手をつけないとうまく演奏できないように、声も、生まれつきも大事ですが、練習も大事だということを感じました。いつだったか、チョ・ヨンピル先輩から愚問賢答を聞いたことがあります。“歌が難しい”と言ったんですが、“とにかくがんばれ”と言われ、“本当にそうだなあ”と思いました。今は僕にとって分岐点となる大事な時期です。仕事に埋もれて暮らしていると、大事なものとそうでないものが逆転してしまうので、誰でも充電の時間をとる必要があります」

<b>-特に愛着のある歌は?</b>
「『ダイアモンド・フォーエバー』というロックバラード曲です。キム・ジョンソ色の歌で、長い間待ってくださったファンへのサービスとして作りました。10曲全てを作詞作曲しましたし、アルバムのタイトルも『. 9』に決めました。ビートルズの『ホワイトアルバム レボリューション ナンバー9』に着眼したものです」

<b>-音楽はいつから始めましたか?</b>
「<復活(プファル)>というバンドを作ってそこから脱退し、1987年<シナウィ>2ndアルバムのシンガーで正式デビューしました。当時歌った歌『鳥になって行こう』は、韓国初のヘヴィメタルです。90年代になってソ・テジがベーシストとして入り、そのときから親しくしています。2年後に2人でバンドを抜けて、僕はソロデビューし、ソ・テジは<ソ・テジ&ボーイズ>で名声をあげました。その後、ずっと活動していて、8thアルバムを発表して2001年から休息に入りました」

<b>-休んでいる間、一番思い出に残ったことは?</b>
「去年、ロンドンの韓国人社会成功会の招待で<アストリア>というところでコンサートを開いたのですが、世界的な歌手たちが集まったステージでした。5000席以上の広い規模で、アジア人としては初めてこのステージに立つのだと聞き、本当に胸がいっぱいになりました。インドにも2週間ほど旅行に行ってきました。ビートルズが精神的な憩いの場所としたのがインドだったので、行ってみたいと思っていました」

キム・ジョンソの生活信条は、“人が嫌がることはやめよう”である。周囲からしつこく意見されるのを最も嫌う。ただ、音楽ができる環境が与えられることが、彼にとって最高の幸せなのだ。

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