現在、韓国のチュ・ミエ(秋美愛)法相と対立中のユン・ソンニョル(尹錫悦)検察総長。中々次期大統領になりそうな人物が現れていない保守系の一角では、彼を保守系の候補に擁立しようとする動きまでもある。
ユン検察総長は今年8月3日、新任検事申告式での演説で「憲法の基本的な価値観である自由民主主義は、民主主義という仮面をかぶった独裁と全体主義を排撃する、本当の民主主義のことを指す」、「自由民主主義は法の支配によって実現される。一度制定された法律は、誰にでも公平に適用されて執行されなければならない」と発言していた。
つまり「法の支配(rule of law)」に基づく「法治(rule with law)」の重要性を説いたもので、「ネロナムブル(自ロ他不:自分がやればロマンス、他人がやれば不倫)」式で夫人や姑等の身内の疑惑とその捜査妨害疑惑を脇に置いておけば、至極真っ当な発言だ。
ところが政権与党「共に民主党」の有力議員であるシン・ジョンフン(辛正勲)氏は、翌日自身のフェイスブックを通して、
1)自由民主主義こそ本当の民主主義という主張が正しい表現であるか如何かは別にして、
2)その果敢な発想は非常に衝撃的だった、
3)民主主義社会で個人を支配するのは、専ら良心であり、社会を支配するのは常識だ、
4)法は単にその良心と常識の境界を定めるための道具にすぎない、
5)法律家ではなく、一般人の立場から「法の支配」などと言う恐ろしい言葉はとても危険だ、
と反論した。
つまり、1)「自由」民主主義は真に望ましい民主主義だとは思わない。3)「民主」主義社会では良心・常識が社会を支配すべきだ。2)5)「法の支配」や「自由」民主主義は良心・常識に基づかない支配ゆえに反対だと言う事だ。おまけに4)だが、近代法の原則に全く即していない主張であり、日本では中々あり得ない反応である。
政権与党の有力議員が「法の支配」に基づく「法治」や「自由」民主主義を、良心・常識に基づかない支配だと看做し、反対の立場に居ると言う点において衝撃的な発言なのだが、当然多数得票の結果、辛氏は政権与党の一員として、また有力議員として活動・存在している以上、相当数の韓国人も同様な感覚を持っていると見るのが妥当だろう。
それでは何故「法の支配」や「法治」を嫌悪するのか?窃盗を犯した父親をかばった息子こそ正しいとした「論語」の「子路第十三 18 葉公語孔子章」を挙げるまでも無く、儒教文化圏においては「法」を酷く嫌悪する傾向があったりする。
何故なら成文化された法が絶対的な基準となってしまうと、それを潜り抜ける狡賢い者、狡猾な者が横行してしまい、社会に悪影響を及ぼす。従って本質的に善なる性質を持つ人間においては、悪や罪とは、有徳者らの良心・常識に基づいて(経緯や情状を酌量した上で)判断されるべきものであって、「法治」とは徳を欠いた小人物が君主故に蔓延るのだと、孔子が看做したからだ。
また小説「白馬江」で有名な韓国の作家チョン・アンギル氏が自身のブログにおいて「法律が多い国は未開だ」、「道徳を破る人が多いから法律ばかり増えていく」、「法律が増えると民の道徳心が弱くなり、前科者ばかり増えていく」と言った孔子同様の主張をしていたと、ブロガーで有名なシンシアリー氏が指摘した。
今日、世界に誇る発展を遂げた先進国の韓国国民の相当数がこうした法文化や法感覚を未だに持ち続け、またそれ故に、そうした法文化や法感覚に基づいて活動する代議士を選出し、政権与党の有力議員としてしまう点において、またその彼が堂々と憚る事無く「法の支配」に基づく「法治」や「自由」民主主義を良心・常識に基づかない支配だと非難した点において、衝撃的な事件であった。
そして本来近代化志向が強い筈の文学作家でさえ、二千数百年前の孔子同様の主張を憚らない点において、またそうした作家の作品を買い求める読者が一定数存在する点において、日本と韓国との違いを深刻に受け止めざるを得ない。
ちなみに法学者でもある「タマネギ男」チョ・グク(曹国)前法相は「韓国の東大」ソウル大学の法学部教授でもある。彼は妻チョン・ギョンシム(鄭慶心)教授の裁判において、「近代刑法の大原則は法と道徳の分離」だと主張し、自身らに対する裁判自体を批判した。夫妻の行動が法ではなく、良心・常識に基づいて裁かれ、批判されているのだから、シン議員やチョン作家が仲間・同志として曹国・鄭慶心夫婦に対してどんな言葉をかけるのか、関心が尽きないものだ。
韓国は日本の首相演説や「外交青書」が韓国を如何に評価し表現しているのかに対して神経を使っている。特に「価値観を共有」の表現が欠落して来た事については、日本を非難したこともある。「自由民主主義」を標榜することに関しては韓国も日本も「価値観を共有」している。しかし、その根幹になる方法論「法の支配」や「法治」に関しては、日韓の価値観が違うかもしれない。
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