元徴用工訴訟をめぐっては、韓国の大法院(最高裁)が2018年10月、雇用主だった三菱重工業と日本製鉄(旧新日鉄住金)に賠償を命じた。しかし、日本は戦時中の賠償問題に関しては1965年の日韓請求権協定で解決済みとの立場で、これを理由に被告の2社は履行を拒んだ。このため、原告側は、日本企業が韓国内に持つ資産を売却して賠償に充てる「現金化」の手続きを進めた。
元徴用工訴訟問題は日韓最大の懸案として、解決の糸口が見えずに月日だけが過ぎることとなったが、昨年5月、韓国でユン・ソギョル(尹錫悦)政権が発足したことを機に風向きが変わった。尹大統領は大統領選候補者時から日韓関係改善に意欲を見せ、政権発足後間もない時期に解決策を探るための官民合同の協議会を立ち上げるなど、問題解決に向けた動きを活発化させた。
そして今年3月、韓国政府はこの問題の「解決策」を発表した。その内容は、元徴用工を支援する韓国政府傘下の「日帝強制動員被害者支援財団」が、元徴用工らへの賠償を命じられた被告の日本製鉄や三菱重工業に代わって遅延利子を含む賠償金相当額を原告らに支給するというもの。これまでに、大法院の判決で勝訴が確定した原告は15人で、賠償金は遅延利息を含め約40億ウォン(約4億2000万円)とされる。現在係争中の訴訟についても、原告の勝訴が確定すれば、同様に対応する予定となっている。
韓国政府が解決策を発表した際、尹大統領は解決策について「これまで政府が、被害者の立場を尊重しながら、韓日両国の共同利益と未来発展に符合する方法を模索した結果だ」と強調した。
財団はこれまでに、勝訴した15人のうち、生存している原告の1人と10人の遺族への支給を完了。しかし、残りの原告と遺族の計4人は受け取りを拒否。外交部が説得を続けてきた。
こうした中、外交部は今月3日、拒否している原告らについて、財団が賠償金相当額を裁判所に預ける供託の手続きを開始した。韓国政府はこれまで、原告などが賠償金相当額を受け取らない場合、裁判所に供託することで原告側の賠償請求の権利の消滅につながるという見解を示しており、日韓関係の改善を急ぐ尹政権が解決強行を図った形となった。
しかし、原告側は強く反発し、元徴用工の支援団体「日帝強制動員市民の集まり」は4日にコメントを発表。「当事者の意思表示により第三者弁済を認めない場合は弁済が不可能だとする民法の条項に照らし、この供託は無効だ」と強調した。また、「被害者らは韓国政府からいくらかの金を得るために30年あまり日本政府と闘ってきたわけではない。戦犯企業から心のこもった謝罪を受けるために孤独な闘いを続けている」と訴えた。
複数の市民団体で組織する「歴史正義と平和な韓日関係のための共同行動」は同日、記者会見を開き、「被害者らは単に金を手に入れたいのではなく、日本が犯した戦争犯罪に対する謝罪と賠償を得ようとしている」とし、韓国政府の供託手続きについて「稚拙(ちせつ)極まりない」と批判した。
原告側の弁護士は、今回の供託の手続きの法的効力などを争う訴訟を起こす可能性を示唆した。
光州地裁は4日までに、原告4人分の供託の手続きのうち1件について、受理しない決定をした。聯合ニュースによると、受理しない決定が下されたのは、存命の原告であるヤン・クムドク氏に関する供託。ヤン氏が「弁済を求めない」との書類を裁判所に提出し、供託を拒否する意思を明確に示したためとみられる。
外交部は「強い遺憾」を表明し、「異議申し立て手続きに着手し、裁判所の正しい判断を求める」としている。
今回の裁判所の決定に、韓国紙の中央日報は元徴用工訴訟問題の解決に「ブレーキがかかった」と報じた。また、聯合ニュースは「被害者が同意しない第三者による弁済供託の法的有効性をめぐる論争が続く中、政府の(元徴用工訴訟問題の)解決策の実行が難航する可能性があるとの見方が出ている」と伝えた。
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