鄭氏といえば、2020年1月に韓国で初めてコロナの感染者が確認されてから、コロナ対策の最前線で指揮を取った人物。流行初期には連日、記者会見を行うなど激務をこなした。記者から「1時間も寝ていないとの話がある」と健康状態を心配する質問が出た際には「1時間以上は寝ている」と答えたことは当時、日本でも報道された。2020年には米誌タイムの「最も影響力のある100人」にも選ばれた。
鄭氏はソウル大学医学部卒の医師で、1995年に国立保健院の研究員となって公職に就き、以降、保健福祉部(部は省に相当)応急医療課長、疾病予防センター長などを歴任。2015年に韓国でMERS(中東呼吸器症候群)が大流行した際は危機管理に当たったが、感染拡大を防げなかったとして懲戒処分を受けた。しかし、ムン・ジェイン(文在寅)前大統領は2017年7月、鄭氏を疾病管理本部長に抜擢した。同本部は2020年9月に疾病管理庁に昇格。鄭氏は初代庁長となった。
コロナ禍では、コロナ関連の情報を連日、国民に向け発信、コロナ対策を指揮した。職務をこなす中で、韓国政府の防疫政策の司令塔、中央災害安全対策本部と見解が異なる場面もあった。韓国では2021年6月から、感染の高止まりの状況が長く続いたが、鄭氏は感染の波が始まる兆しがみられた当初、「現時点では特に首都圏はもう少し防疫措置を強化することが必要だと判断している」と指摘。しかし当時、韓国の防疫政策を「K防疫」と自賛していた政府は緩和の方向で政策を進めたため、7月に入って感染者が徐々に増加し、感染を抑えるのに長い時間を要した。
昨年5月のユン・ソギョル(尹錫悦)新政権の発足に伴い、鄭氏は同月、疾病管理庁長を退任した。尹政権は前政権の防疫政策を「政治防疫」と批判したが、退任を前に国会保健福祉委員会の全体会議に出席した鄭氏は「ワクチンや治療薬などは臨床試験を経て、根拠を持って政策を進めてきた。(韓国が取ってきた防疫措置)『社会的距離を置く』は社会の合意や政治的判断がいる政策だ。科学防疫と政治防疫を区別することは適切でないと考える」と反論した。
鄭氏の退任に、当時、国民をはじめ各方面から労をねぎらう声が相次いだ。イ・ナギョン(李洛淵)元首相は当時、自身のSNSに「大韓民国をコロナ防疫の先導国家に築き上げた鄭庁長に感謝する」とメッセージを投稿。李元首相は「髪を整える時間や昼食を摂る時間まで惜しんで業務に集中し、コロナの状況と防疫政策をいつもわかりやすく説明してきたことは、公職者の鏡として長く記憶されることになるだろう」と称賛し、「鄭庁長は文在寅政権における防疫成功を象徴する人物になった。鄭庁長と一緒に働いたことを、私も誇りに思っている。重ねて感謝申し上げる」とねぎらった。
鄭氏は退任後、ブンダン(盆唐)ソウル大学病院の感染症政策研究委員として活動していた。そしてソウル大学は今月6日、鄭氏を同大医学部家庭医学科臨床教授に任用したことを明らかにした。任期は2029年8月31までの6年間。朝鮮日報は「その後も任用審査の結果によっては、さらに長く勤務する可能性もある」と伝えた。同紙によると、臨床教授は「同大基金教授運営規定および同大学病院設置法」に基づき、学生の教育や訓練、研究、診療事業及びその他の国民保健向上に必要な事業を遂行するという。また、韓国メディアのヘラルド経済によると、患者の診療業務は行わないという。
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