韓国の人権団体によるビラの散布をめぐっては、金総書記の妹、ヨジョン(与正)氏が2020年6月、強い反発を見せた。当時出した談話で「裏切り者たちとゴミどもに、犯した罪の大きさを気づかせなければならない。偉大なる尊厳を傷つけた重大さを間もなく知ることになるだろう」などと警告した。談話発表から3日後、北朝鮮は南西部・ケソン(開城)の南北共同連絡事務所を爆破した。その様子を捉えた映像は世界に配信され、衝撃を与えた。
これを受け、韓国のムン・ジェイン(文在寅)政権(当時)は、境界地域の住民の安全を守るとしてビラを散布することを禁止する法改正に乗り出した。当時野党だった「国民の力」などは「ビラは情報統制された北朝鮮住民に外部情報を伝える唯一の手段」として禁止法に反対したが、2020年12月、当時与党だった「共に民主党」が強行採決した。
成立した「南北関係発展法」は、北朝鮮の金政権を批判するビラを風船などを使って軍事境界線の北側に送ることを禁じ、違反した場合、懲役3年以下か罰金3000万ウォン(現レートで約344万円)を科すというのが骨子で、韓国紙・ハンギョレは、成立を伝える当時の記事で、ビラの散布に端を発した「偶発的軍事衝突の火種を元から遮断するための立法だ」と評価した。また、韓国統一部も、同法は112万人の境界地域の住民を含む国民の「生命保護法」であり、「南北関係改善促進法」だとして歓迎の意を示した。
しかし、ビラ配布を行ってきた人権団体などは同法に反発。韓国の憲法に明示された「表現の自由」を侵害する上、北朝鮮住民の権利を妨げると主張した。前述の経緯があったため、保守勢力は、同法について北朝鮮の言いなりになった「金与正下命法」などと批判した。また、米議会や国連など国際社会からも懸念の声が上がった。
その後、韓国の27の人権団体などは、同法が規定する「北朝鮮に向けてビラなどを散布し、国民の生命・身体に危害を及ぼしたり深刻な危険を生じさせたりしてはならない」との条項(同法第24条第1項第3号)が「表現の自由を過度に制限している」として、裁判所に違憲かどうかの判断を求める訴えを起こした。政権が変わり、ユン・ソギョル(尹錫悦)政権はこの条項が北朝鮮の住民の知る権利を妨げているとして、法改正が必要だとの立場を示した。ただ、ビラ配布が南北境界地域の安全を脅かす懸念があるとして自制は求めてきた。
原告提訴から約2年9か月を経て、韓国憲法裁判所は今年9月、北朝鮮へのビラ配布を禁じた同法のこの条項は「表現の自由を侵害する」と指摘。違憲との判断を示した。
統一部はこの判断を歓迎。同法の解釈指針を廃止する手続きに着手した。今月中旬頃に廃止令を発令する方針を示している。
憲法裁の判断から約1か月半がたった今月8日、北朝鮮の朝鮮中央通信はこれに初めて言及した。同通信は論評で「ビラなどの心理謀略戦は大韓民国の終末の起爆剤になる」と警告。「ビラ散布は高度の心理戦で、戦争の開始に先立って行われる事実上の先制攻撃行為だ」などと主張した。
これに対し、韓国統一部は「対北ビラ散布は民間団体がわが国の憲法で保障された表現の自由に基づき自発的に行う活動」とし、北朝鮮に対し「憲法裁判所の決定を口実に軽挙妄動を行わないよう厳重に警告する」と強調した。
統一部はこれまで、ビラ散布について団体などに自粛を求めてきたが、憲法裁の判断を受けて今後は自制の要請を行わない。このため、体制批判のビラの散布が活発化する可能性がある。統一部は憲法裁の判断が出された当時、北朝鮮の挑発の可能性や南北境界地域の安全に関して「政府は北の挑発の対する強力な抑止と対応態勢を維持しているため、不安に思う必要はない」と強調していた。しかし、前述のように北朝鮮は今回、強い反発を見せた。ビラ散布に端を発し、南北共同連絡事務所が爆破された事例も過去にあるだけに、北朝鮮が今回発表した談話で「欧州や中東で起きたような軍事的衝突が朝鮮半島で発生しないという保証はない」などと強調したことには懸念がぬぐえない。
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