女優チェ・ジウが語る”故アンドレ・キム”、無名時代のウォンビンを発掘…ファッションショーは「スター登竜門」=「過没入人生史」
女優チェ・ジウが語る”故アンドレ・キム”、無名時代のウォンビンを発掘…ファッションショーは「スター登竜門」=「過没入人生史」
女優のチェ・ジウが故アンドレ・キムさんを回想した。

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 25日に放送されたSBS「過没入人生史」では人生テラーのチェ・ジウが韓国初の男性デザイナーであるアンドレ・キムさんの人生を説明した。

 オードリー・ヘップバーンのファンだったアンドレ・キムさんは映画「パリの恋人」を見て感銘を受け、ジバンシィという男性デザイナーが服を作ったという事実に衣装デザイナーという夢を見ることになった。アンドレ・キムさんは、学びながら男性モデルとして働くこともあった。

 衣装デザイナーとしての限界にぶつかったアンドレ・キムさんは、フランス大使館を毎朝訪れ、職員たちに頼みフランスのファッション雑誌を手に入れた。アンドレ・キムという名にした理由は親しくしていたフランス外交官が「世界的なデザイナーになるためには世界の人が呼びやすい名前にしたらどうか」と推薦してくれたと明らかにした。

 アンドレ・キムファッションショーを見た経験があるチェ・ジウは「私の高い身長が長所だと特に考えられない時だ。アンドレ・キム先生が私の外見についてたくさん褒めてくれた。女優の自尊心を高めてくれた」と当時を思い出した。

 アンドレ・キムさんはテレビを何台もつけてスターのモデルとして発掘。その俳優がまさにウォンビンだった。 他にもパク・ボヨン、ソ・イヒョン、チソン、クォン・サンウなど多様なスターが選ばれ、ファッションショーは「スターの登竜門」と呼ばれるほどだった。

 アンドレ・キムさんがフランス・パリに進出すると韓国の美をしっかりと披露し現地の反応は期待以上に良かった。 続いて米国でラブコールを受けたアンドレ・キムは「ファッション外交」を成し遂げ始めた。

 マイケル・ジャクソンさんは生前最後の公式席上でもアンドレ・キムさんの衣装を着たほど彼の衣装が好きだった。 マイケル・ジャクソンさんが専属デザイナーになってほしいと提案したが、アンドレ・キムさんは「私は韓国のデザイナーだ。1人のためのデザイナーになることはできない」という理由で断った。

 死の4か月前までファッションショーを開き、情熱的に生きたアンドレ・キムさんは「人は夢がなければならない。大変でも夢を見なければならない」という言葉を残し、76歳でこの世を去った。

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