<W解説>研修医の集団離脱で混乱続く韓国の医療現場＝研修医頼みの大規模病院の医療体制も浮き彫りに

韓国政府が発表した大学医学部の入学定員増に反発し、各地の研修医が一斉に辞表を出して職場を離脱してから1週間がたったが、収束の目途は立っていない。受け入れ先の病院が見つからず、たらい回しにされた患者が死亡する事案も発生するなど、深刻さは増している。一方、今回の事態は韓国の特に大病院が研修医に依存し過ぎている実態を浮き彫りにもした。韓国紙の朝鮮日報は27日付の社説で「現在の大規模病院の状況は、企業でいえば見習い社員が仕事をしなければ会社がマヒするというのと同じだ。このような企業があったら異常と言わざるを得ない」と批判した。

韓国政府は今月6日、医師不足を解消するため、大学医学部の入学定員を2025年度の入試から2000人増やすと発表した。定員増となれば、1998年以来、27年ぶりとなる。

韓国の医師不足が指摘されたのは2020年のことで、韓国国会立法調査処（所）が同年に発刊した「OECD主要国の保健医療人材統計及び示唆点」によると、韓国の人口1000人当たりの医師の数は2.3人でOECD加盟国の平均（3.5人）を下回り、加盟国の中でも最低水準だった。

事態を重く見たムン・ジェイン（文在寅）前政権は同年7月、医師4000人を10年間追加養成する医学部定員拡大策を打ち出した。しかし、研修医たちはこれに反発。医師の全体数が足りていないのではなく、原因は外科や産婦人科など、いわゆる必須診療科の医師のなり手が少ないことが結果的に医師不足を招いていると主張した。当時、大韓医師協会は新型コロナ禍でストライキを強行。文政権はコロナ対応を優先するため、定員増はひとまず断念した。

政権が代わっても韓国政府は医学部の定員拡大にこだわり続けた。ユン・ソギョル（尹錫悦）大統領は今月6日に自らが主宰した国務会議で、「国民の健康と命を守るため、医師の拡大はもはや遅らせることのできない時代的課題」と強調し、医学部定員増の必要性を訴えた。

国民の多くも定員増を支持しており、世論調査機関の韓国ギャラップが今月16日に発表した調査結果によれば、定員増に「肯定的な点が多い」との回答は76％に上った。

政府が今月6日に医学部の定員増の方針を打ち出すと、研修医らはまたしても猛反発。医学部の定員を増やしたとしても人気のある科、収入が高い科の医師を増やすに過ぎず、必要なのは、前述のような必須医療分野の科の医師を増やすことだと改めて主張した。

今月20日、大規模病院の研修医らは政府の方針に反発して集団で退職届を提出。その数は27日時点で全国99の主要病院に勤務する研修医のうちの80.6%に当たる9909人に上る。そのうち72.7％の8932人が職場を離脱したという。政府は速やかに患者のもとに戻るよう呼びかけており、29日までに復帰しなければ法的措置を取る方針を打ち出している。

研修医たちが医療現場を離れたことで、手術の延期を余儀なくされた患者も出てきているほか、救急患者の搬送遅延も相次いでいる。中部のテジョン（大田）市では23日、心停止の状態で搬送された80代の患者が7つの病院から受け入れを断られ、その後、搬送された市内の大学病院で死亡が確認された。

一方、韓国の大規模病院が米国や日本に比べ研修医に依存し過ぎているとの指摘も出ている。朝鮮日報は「ソウルの『ビッグ5』と呼ばれる大規模病院（ソウル大学病院、ソウル峨山病院、セブランス病院、サムスンソウル病院、ソウル聖母病院）は全医師7042人のうち39％に当たる2745人が研修医だ」と指摘。「研修医がストライキをすれば、韓国の病院の中枢を成す『ビッグ5』がまずマヒする状況に陥るのだ」と解説した。その上で記事は「一方、米国、日本などの大学病院では研修医の割合が10％前後にとどまる」とし、韓国の大規模病院の研修医頼みの体制を問題視。27日付の社説でも、こうした実態を改めて指摘した上で、「研修医が集団行動を取ることで病院全体の診療が揺らぐといういびつな構造は今回を最後にしなければならない」と主張した。