文氏の在任中、元徴用工訴訟をめぐり、韓国の大法院(最高裁判所に相当)は被告の日本企業に対し、原告の元徴用工への賠償を命じた。判決を機に日韓関係は「戦後最悪」と言われるまでに悪化した。2019年7月、当時の安倍晋三政権は韓国向け半導体素材3品目の輸出管理厳格化を発動し、同年8月、輸出管理に優遇措置を適用する「グループA」から韓国を除外する政令改正を閣議決定した。日本政府のこの措置に、当時、韓国では「元徴用工判決と関連した政治的動機で、韓国を狙った差別的な措置だ」として反発が起きた。
韓国は日本政府の措置に対抗する目的で同年8月、日韓秘密軍事情報保護協定(GSOMIA)の破棄を通告した。文氏は回顧録でこの決定を下した当時を振り返り、「韓日関係だけでなく、韓米日3か国の間で非常に敏感な問題だったため、国民の世論まで聞いて最終判断しようと思った」と明かし、「世論調査の結果、われわれの判断が正しいという確実な後押しを得ることになった」とした。回顧録を通じて、GSOMIA破棄を決定するまでのプロセスが明らかになったが、韓国紙の中央日報は「これは重要な外交安全政策を、世論調査に依存して決めたという意味に解釈される恐れがある」と指摘した。
2022年5月、政権が変わり、ユン・ソギョル(尹錫悦)政権が誕生したが、発足当初から日韓関係の改善を進めた尹政権は昨年3月、元徴用工訴訟問題の解決策を発表。その内容は、元徴用工を支援する韓国政府傘下の「日帝強制動員被害者支援財団」が、元徴用工らへの賠償を命じられた日本企業に代わって遅延利子を含む賠償金相当額を原告らに支給するというものだった。この解決策の発表を機に、日韓関係が劇的に改善したが、文氏は回顧録でこの解決策に言及。「日本が要求した唯一の解決策は、韓国が責任を負えということだった。尹政権はそれを受け入れた。しかし、それは屈服にほかならない」と批判した。また、日本政府が元徴用工動員の強制性や不法性を否定する態度を見せているとして、「反文明的だ」と非難した。その上で、歴史問題について、「過去を直視して傷を癒し、許し、和解するという根本的解決」が必要だと訴えた。
回顧録で当時の安倍政権の対韓政策を批判した文氏だが、日本では昨年2月、安倍氏のインタビューを収録した「安倍晋三回顧録」が出版され、この中で安倍氏は日韓関係が破綻した責任を文政権に向けている。
安倍氏も回顧録で元徴用工訴訟問題に言及。文政権は、韓国・大法院の判断が国際法違反だということを知りながらも、「反日」を政権浮揚の材料として使おうと考えたのだろうと指摘。「文在寅大統領は確信犯だった」とした。対韓輸出規制強化については、大法院の判決の後、何も解決策を示さない文政権に対応する過程で措置に踏み切ったと説明し、「二つの問題(元徴用工問題と韓国政府の安全保障上の貿易管理体制に不備があるとされる問題)が連結されているかのようにして、韓国が徴用問題を深刻に受け止めるようにした」と語った。また、直後に文政権がこれに対抗してGSOMIAの破棄に乗り出したことについては「感情的な対抗措置で、米国の強い圧迫を招いた」と批判している。
一方、文氏は回顧録で、北朝鮮情勢が緊張していた2017年に開かれた日米韓首脳会談での安倍氏とのやり取りを明かした。安倍氏は朝鮮半島での日米韓合同訓練の実施を提案し、在韓法人を日本へ避難させる訓練を行うべきだと述べたという。この発言について文氏は、安倍氏が「不安をあおる態度を見せた」と批判。緊張緩和を優先する韓国側の立場に「(安倍氏は)全く配慮しなかった」と述べた。
18日に発売されたこの回顧録は、文政権で外交部(外務省に相当)第1次官を務めたチェ・ジョンゴン氏の質問に文氏が答える形式でまとめられ、文氏が外交分野を中心に回顧する内容となっている。安倍氏のほか、トランプ米前大統領、北朝鮮のキム・ジョンウン(金正恩)総書記らとのやりとりもつづられている。
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