事の発端は尹氏が今月3日深夜、非常戒厳令を宣布したことにさかのぼる。尹氏は発表した緊急談話で「『共に民主党』の立法独裁は、大韓民国の憲政秩序を踏みにじり、内乱をたくらむ自明な反国家行為だ」とした上で、「反国家勢力」を撲滅するとして、非常戒厳令を宣布した。
戒厳令の発出は1987年の民主化以降初めてのことだった。尹氏が発令した「非常戒厳令」は韓国憲法が定める戒厳令の一種で、戦時や事変などの非常事態で、軍事上、必要となる場合や公共の秩序を維持するために大統領が発令するもの。行政や司法の機能は軍が掌握し、言論・出版・結社の自由を制限することも認められる。
発令後、武装した戒厳軍の兵士がガラスを割って国会議事堂に突入。国会上空には軍のものとみられるヘリコプターも飛んだ。軍事政権時代を連想させる事態に、発令後、国会前には多くの市民が集まり、戒厳に反対するシュプレヒコールを上げたほか、軍の車両を取り囲むなど騒然とした。
だが、戒厳令は国会議員の過半数が解除を求めた場合、大統領はこれに応じなければならず、発令直後、国会で本会議が開かれ、出席した190人の議員全員が解除に賛成。尹氏はわずか6時間で非常戒厳を解いた。
「共に民主党」など野党6党は、尹氏が「憲法秩序の中断を図り、永続的な権力の奪取を企てる内乱未遂を犯した」などとして憲法違反を指摘し、今月4日、尹氏の弾劾案を国会に提出した。弾劾案の可決には国会の在籍議員300人のうち、3分の2の賛成が必要となる。14日に行われた採決には、在籍議員全員が参加し、弾劾案は賛成204、反対85、棄権3、無効8で可決した。採決は今月7日にも行われたが、この際は与党議員のほとんどが本会議場を退席し、投票を拒否。定足数不足で採決が成立せず、弾劾案は自動的に廃案となった。可決には与党から8人以上が賛成する必要があり、14日の採決ではこれが焦点となった。採決に先立ち、与党「国民の力」は弾劾案に反対することを党の方針と決めたが、結果的に12人が賛成票を投じたとみられる。大統領の弾劾案可決は2004年のノ・ムヒョン(盧武鉉)氏、16年のパク・クネ(朴槿恵)氏に次いで3例目。可決を受け、最大野党「共に民主党」のイ・ジェミョン(李在明)代表は「第1戦の勝利を祝福し、感謝する。国民がこの国の主人であることを証明した」と述べた。
大統領は国軍統帥権や法律案拒否権(再議要求権)、憲法改正案発議・公布権、法律改正案公布権、予算案提出権、行政立法権などの権利を持つが、弾劾案の可決を受け、尹氏はこれらの権限を行使できない。閣議の招集や官庁からの報告聴取・指示などの国政行為も認められない。ただ、弾劾案可決により大統領の身分まではく奪されることはなく、「尹錫悦大統領」との呼称はそのまま使用される。警護など大統領に対する礼遇も変わらず、大統領公邸での生活も維持される。また、一部の業務推進費を除き、給料も支給される。
憲法裁判所は、国会の議決書を受け付けてから180日以内に尹氏を罷免すべきかを判断する。また、今回の非常戒厳宣言をめぐっては、警察や検察が内乱などの疑いで捜査を進めており、韓国紙の中央日報は「尹大統領は今後、官邸にとどまりながら捜査と弾劾裁判に備えた法理検討などをするものとみられる」と伝えた。
可決を受け、尹氏は直後に談話を発表。「しばらくは立ち止まるが、過去2年半、国民と共に歩んできた未来への旅は立ち止まってはいけない」とし、「私は決してあきらめない」と職務復帰への意欲をのぞかせた。その上で「私への叱責、激励と声援を全て心に抱き、最後の瞬間まで国家のために最善を尽くす」と述べ、最後に「私はわが国民の底力を信じる。われわれ皆が韓国の自由民主主義と繁栄に向け力を集めよう」と呼び掛けた。
大統領の職務は韓首相が代行することになる。韓氏は「厳しい時期にもっぱら国政を安定的に運営することに、すべての力と努力を尽くす」と述べた。
韓国紙のハンギョレは15日の社説で「弾劾案可決後の混沌とした政局は、国会が中心となって収拾するしかない」と指摘。「国会は政府と協力し、危機に瀕(ひん)する国民生活と経済を安定させ、厳しい外交と安全保障の状況に機敏に対応しなければならない」と訴えた。
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