追悼式の様子(浅川伯教・巧兄弟顕彰会提供)=(聯合ニュース)≪転載・転用禁止≫
追悼式の様子(浅川伯教・巧兄弟顕彰会提供)=(聯合ニュース)≪転載・転用禁止≫
【ソウル聯合ニュース】日本による植民地時代に朝鮮半島の緑化と文化保存に尽力し、韓日友好を象徴する日本人、浅川巧(1891~1931年)の没後94年の追悼式が2日、韓国・ソウルの公共墓地、忘憂里公園墓地で執り行われ、両国の関係者が出席した。追悼式は韓国市民団体「浅川伯教・巧兄弟顕彰会」が開いた。

 韓日が国交正常化から60年を迎えた節目となる今年の追悼式には柳明桓(ユ・ミョンファン)元外交通商部長官、鄭在淑(チョン・ジェスク)元文化財庁長、申ガク秀(シン・ガクス)元駐日大使、在韓日本大使館の川瀬和広・公報文化院長など約60人が出席。追悼の曲を歌い、浅川巧の兄の伯教(1884~1964年)が弟のために残した追悼の詩を朗読した。

 顕彰会のイ・ドンシク会長は、浅川巧の遺志を継ぎ、最も近い両国の人たちが真の友人になれるよう力を尽くすと述べた。

 川瀬氏は韓日国交正常化60周年のキャッチフレーズが「両手を携え、より良い未来へ」であると紹介。難しい状況の中で両国が協力して未来を開いていかなければならないと考えるとし、浅川巧の人生は両国の未来を作っていく両国国民に多くの示唆を与えてくれると話した。

 浅川巧は朝鮮総督府の林業試験所職員として造林に取り組み、朝鮮半島の緑化に貢献した。伯教とともに、陶磁器をはじめとする朝鮮の民芸品の研究・保存にも力を注いだ。1931年に40歳の若さで亡くなると、遺言に従い朝鮮の地に埋葬された。


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