「団結」「自力更生」が左派政党お決まりの口癖のスローガンであることは、言うまでもない。しかし、いやしくも、建前だけのものとは言え、共産主義・社会主義政党を名乗る朝鮮労働党が、「以民為天(民を以て天と為す)」をスローガンとして掲げた事には違和感を感じた。
この言葉のそもそもの出典は『漢書』(1世紀)や『新序』(紀元前1世紀)で、『項羽と劉邦』や『史記』でお馴染みの劉邦の家臣で、外交官として活躍した儒者の酈食其(れきいき)の言葉だ。彼は紀元前3世紀、西楚覇王の項羽と抗争中の漢王時代の劉邦に対して、軍事的敗勢で後退中であったにも拘らず、酈食其が秦の設置した穀物倉庫を抱える拠点の死守を強く求めた。
穀倉地帯たる成皋・滎陽の事で、現在の河南省である。彼は民生の重視、就中、食料確保と供給が王としての重要な役割だと説いた中で、「王者”以民為天”、而民以食為天」(王となるものは”民を以て天と為し”、而るに民は食を以て天と為す)と語ったという。
韓国の故キム・デジュン(金大中)大統領が「天意=民意」と解釈し、アジアにおいても(民意が帝王の統治を規定するのだとみる)民主主義の思想的基盤はあるのだと説いた事もあるが、こうした解釈の一根拠ともなっている。
しかしながら「無神論」と「唯物論」に基づき、また新文化・新文明たる社会主義・共産主義に基づいた文化・文明の確立のために、儒教を含めた文化・伝統の”破壊”を志向する共産主義・社会主義政党を名乗る朝鮮労働党が、こうした儒教的文脈で「天意=民意」と解釈し、民生の重視、就中、食料確保と供給を党(総書記)の重要な任務役割、引いていえば正統性確保の重要課題だと明らかにしたのは、少々興味をひいてしまった。
なお調べてみると、北朝鮮では故キム・イルソン(金日成)主席の時代から、「以民為天」が重要な党のスローガンであり、故金日成主席の”座右の銘”でもあったという。
このような党と指導者を王者(天子)とみなす指導者観、権力観、国家観を始め、「天意=民意」と見て食料確保と供給を国家や政治の要諦と説く姿勢を見ると、南北共に儒教精神が通底しており、どんなに時代が進んでも、無視しえない行動規範なのだと見なさざるを得なかった。
その上で、食料確保と供給が、未だに重要な国家課題である段階にとどまっているにも拘らず、そんな北朝鮮や朝鮮労働党、金王朝・一族に親近感を抱き、反日や反米を叫びながら民族の正統な指導者だと見なす、以前解説した韓国左派の民族解放(NL)派もまた、儒教精神を良しとし、それを自身らの行動規範とする産物なのではと感じてしまった。
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