【個別インタビュー】映画「不思議の国の数学者」パク・ドンフン監督、「かなわないと思っていた魔法もかなう」勇気と希望を抱かせる心温まる作品
【個別インタビュー】映画「不思議の国の数学者」パク・ドンフン監督、「かなわないと思っていた魔法もかなう」勇気と希望を抱かせる心温まる作品
映画「シュリ」「オールド・ボーイ」「新しき世界」など、韓国映画界を代表する名優チェ・ミンシクの3年ぶりとなる復帰作「不思議の国の数学者」が、4月28日(金)よりシネマート新宿ほか全国で公開されることが決定した。本作は、脱北した天才学者と挫折寸前の劣等生の2人が出会い、数学を通して人生を見つめ直していく物語。本作の監督を務めたのは、本作が初の長編商業映画に挑戦するパク・ドンフン。日本公開に先立ち、パク・ドンフン監督のオンラインインタビューが行われた。

韓国映画「不思議の国の数学者」のキャスト、公開日、あらすじ

「不思議の国の数学者」は、2020年に公開予定の作品だったが、コロナ禍によって公開が延期されていた。韓国で公開されたのは、2022年3月9日。公開されるまでの時間はもどかしかったことだろう。
「公開されるまでの時間は、当然、愉快な気持ちではありませんでした。まるで、車に乗って一度トンネルに入ったけど、そのトンネルが終わらないような、ずっと苦しい夢を見ているような時間でした。そして、公開が決まったときには本当にとてもうれしかったです。ついに観客にこの作品を届けられるのだと思ったのですが、感染者のグラフが上がってしまっていた時期でもありました。公開したあたりから65万人くらい感染しているという状況で、公開の時期的には大変な時期に当たってしまいました。ですから、そういう中で、劇場にお越しいただいた皆さんを本当に尊敬しています。結果的には劇場で見るよりはNetflixで観る方が多かったですね」

“数学”と“脱北者”というと、堅い映画というイメージをもたれがちだが、それらを通して問題を解決することを伝えるため、そして自分の幸せをつかむというメッセージが込められている勇気と希望に満ちたあたたかな感動作。
「シナリオをいただいたときから、数学というモチーフは中心にありました。それを見た時、数学というのは何かを正面から突破するような意味合いがあるのではないか、何か問題を解決するということを伝えるためにこの数学というモチーフが使われているのだと判断しました。映画撮影する前に、資料調査をしたのですが、その資料にあったのが、ある哲学者の言葉として、数学というのは発明でなく発見だということが書かれていました。存在するとは思っていない、何か新しい可能性を2人が求めていくそんな物語と重なると思いました。そして脱北者についてですが、この映画においては、理念や政治というものは排除しました。例えて言うならキューバの野球選手が野球をしたいと思って、もっと野球を楽しみたいという思いから、自国を脱出してアメリカに行くような、幸せをつかむために脱出するような、そんなイメージとも重なることがあったので、自分の幸せを求めるために脱北してきた人達だというそんな位置づけで考えてみました」

本作は人の心を動かす、心に響く言葉が散りばめられている。それらの言葉は、ぜひ映画館に行って直接聞いてほしい。映画では言葉の持つ影響力を感じさせる、励まされるような言葉が印象的だが、監督は高校生の頃にある人に言われた言葉で心を改めることがあったそうだ。
「私が高校生のときにある人から抗議された言葉があります。韓国にも日本の電話番号を聞く番号案内というものがあったのですが、高校生の私がお菓子を食べながらそこに電話をして電話番号を聞いたことがありました。その案内人に聞いていたところ、私がお菓子を食べながら話していたので、『あなたは何かを食べながら電話をしてもいいのか? 礼儀がないんじゃないか』と私に抗議してきたんです。それが非常に大きな影響となりました。その言葉を聞いて、礼儀というものはいつも大切にしなければいけないものなんだ、そして肯定的な緊張感を持って生きていかなければならないんだということを知ることになりました。ですから、私にとっては電話の案内人の発言が私の中ではベストになります」

劇中、脱北した天才数学者のハクソンを演じたのは、チェ・ミンシク。監督は90年代から彼の大ファンだったという。監督はチェ・ミンシクを「天才だ」と言ってほれ込んでいたそうだ。チェ・ミンシクといえば、鋭い目つきでハンマーを持つような鬼気迫る演技で圧倒されるが、撮影現場では、これまでの映画では見せたことのないさまざまな表情を見せて監督を驚かせた。
「現場ではハッとさせられることがたくさんありました。平凡な表情を作っていたと思ったら、それが激変するんです。怒るという意味ではなく、温和な表情を見せたり、平凡な表情を見せたり、そこからまったく違った表情を見せたりすることがありました。監督として現場でこういうことになってはいけないのですが、撮影した映像を見ながら涙を流してしまうこともよくありました。チェ・ミンシクさんはシナリオになかった、俳優の動線や演技を提案してくれることもありました。チェ・ミンシクさんの提案によって新たに創造されたシーンもありました。そんな風に現場でご一緒できて、私にとってもいい経験になりました。とにかく台本を読み解く力、台本を解釈する力が素晴らしいと思いました」

チェ・ミンシクの相手役は、オーディションを通して選ばれた新人俳優のキム・ドンフィが演じた。ジウ役を見つけるまでは、何度もオーディションを重ねたそうだ。
「キム・ドンフィさんに出会うまで、かなり時間がかかり、オーディションの終盤でキム・ドンフィさんを見つけることができました。彼がオーディションを受けたとき、澄んだ真っすぐな気持ちが感じられました。ジウに近いもの物があるなと思いました。オーディションをする際には、指定された台本を渡します。『不思議の国の数学者』の一部ではあるのですが、それを渡したところ、彼は修正して持ってきたんです。そういったケースはなかなかないので、その理由を聞いてみました。そしたら、彼なりに自分の論理を持って、とつとつとそれについて話をしてくれました。その様子を見て、ジウと重なることがあるなと思いましたし、冒険家としての一面も持っているので、このキャラクターに合うと思ってキャスティングしました」

ベテラン俳優と新人俳優の撮影現場も気になるところ。監督は「若い俳優さんたちがたくさんいる現場だったので、時々ではあったのですが、チェ・ミンシクさんの前で“ここに『オールド・ボーイ』がいる”って言うこともありました(笑)。共演者なので、同僚として見るべきなのですが、そんなことをたまに言っていました。ただ、それは人ごとではなくて、私もそんな気持ちでした。自分の目の前にイ・スンシンがいる、『オールド・ボーイ』がいると、不思議な感じがしました」とファン心を見せることもあった。続けて彼は「現場の雰囲気はとても良かったです。チェ・ミンシクさんとキム・ドンフィさん、それから一緒によく出てきたチョ・ユンソさんまで含めてよく3人で一緒にいることがあったのですが、3人でいたずらをしたり、冗談を言ったりしていました。そんな風に和やかな雰囲気の現場でした」と当時を振り返った。

劇中、ジウが数学者のハクソンに数学を教わる場所は、“B103”というアジト。薄暗いランプに照らされた空間では、数学を解いているというより、魔法でも使いそうな幻想的な雰囲気を醸し出している。アジト“B103”はこだわって作った空間だと話す。
「魔法という言葉を使ってくださったのですが、私は今までインタビューでどうして魔法という言葉を使わなかったのか、いま後悔しています(笑)。本当に正確に言い当ててくださったと思います。私はこれまでに魔法という言葉の代わりに、“小さな奇跡”という言葉を使っていました。“B103”は本当にこだわって作った空間でした。あの空間でさまざまな交流が行われていて、日常から逸脱しているような空間というそんな意味合いを持たせたかったので、照明だったり、美術だったり、プロダクションデザインにはかなりこだわって作りました。それと対照的なのが、普段の学校の教室です。その2つの空間を対比させるような形で工夫をしてみました。教室は非常に冷たい印象があって、天井も低い印象で立体感に欠けるようなところがある空間として位置づけたかったので、制服も白を中心とした制服にしました。かたや、“B103”の空間というのは、それとは対照的で立体感があって奥行きもあって、さまざまな色が使われていて、温もりを感じられる穏やかな空間という風に作りたいと思いました。そこでは、かなわないと思っていた魔法もかなうわけです。そしていろいろな可能性があちこちに散りばめられているように見せたいと思いました」

“B103”では、数学の美しさを証明するために円周率から作られた“πソング”のピアノ演奏のシーンがあり、映画の見どころの一つでもある。
「最初に音楽監督であるイ・ジスさんと打ち合わせをしたときに、コンセプトを決めたのですが、弦楽器のオーケストラを使わずにやりましょうと言いました。あえて使わないという判断よりも、避けようという感じの意味で、弦楽器ではない他の楽器で自由な演奏がしたいとコンセプトを決めました。その当時、候補として聴いた曲というのが、『Coldplay』の曲やJUNG KOOK(BTS)さんの『Euphoria』、『ダフト・パンク』の曲、伝統的な作曲家の方が作った曲など、たくさんの曲を参考に聴きました。そして、“πソング”に関しては、もともとシナリオにありました。ただ、出来上がった本編を見ると、もともとのシナリオよりも比重が大きくなっています。シナリオに書かれていたのは、アジトで演奏するのではなく、音楽室に移動して演奏すると書かれていました。でも、“B103”というメインとなる空間をもっと輝かせたいと思い、“B103”で演奏することに決めました。あのシーンでは、もともと最初に計画していたのは、“πソング”を10秒から、長くても20秒くらい弾いて、その後ジウが不思議だなと思う表情を見せた後に、OSTが入ってきてそれで感動を高めるような流れになっていました。でも、もしその通りにやっていたら、一般的なシーンが出来上がっていたと思うのですが、私はそうしませんでした。なぜかというと、現場で曲をフルで聴いてみたのですが、これを短く聴かせて途中からOSTとか他の曲が入るのはないと思ったので、フルで演奏したものを使うことにしました。その結果、もともと予定していたものよりもシーン自体が長くなりました。出来上がっているシーンはもともと計画にはなく、そんな風に代えたシーンでした」

最後に監督は「この作品を観てくださる方に、映画の中のセリフにもあるのですが、勇気ということを伝えたいと思います。何か諦めたくなるほどつらいことがあっても、少し時間をもって振り返ればきっと何か可能性が見つかると思います。“数学は発明でなく発見だ”という言葉のように、つらくても何か可能性を発見できる機会になってほしいと思います」とメッセージを伝えた。




『不思議の国の数学者』
4月28日(金)より、シネマート新宿ほか全国ロードショー
【STORY】
学問と思想の自由を求めて脱北した天才数学者ハクソン。彼は自分の正体を隠したまま、上位1%の英才が集まる名門私立高校の夜間警備員として生きている。冷たく不愛想なため学生たちから避けられているハクソンはある日、数学が苦手なジウに数学を教えてほしいとせがまれる。正解だけをよしとする世の中でさまよっていたジウに問題を解く「過程」の大切さを教える中で、ハクソンは予期せぬ人生の転換点を迎えることとなる。
監督:パク・ドンフン 出演:チェ・ミンシク、キム・ドンフィ、パク・ビョンウン、パク・ヘジュン、チョ・ユンソ
2022年/韓国/117分/シネマスコープ/DCP5.1ch/日本語字幕:朴澤 蓉子
/原題:不思議の国の数学者/英題:IN OUR PRIME
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