脳卒中で16年にわたり闘病中だった作曲家のパク・チュンソク(本名:パク・ウィビョン)さんが14日午前6時、自宅で死去した。80歳だった。通夜がソウル・松坡区のソウル峨山病院で営まれた。

1930年にソウルで生まれたパクさんは、朝鮮ゴム工業を経営する親元で裕福に育った。4歳からオルガンを自由自在に弾き神童と呼ばれるようになり、ピアノとアコーディオンを独学で習得した。ソウル大学音楽部器楽科にピアノ専攻で入学。2年に進級前に中退、新興大学(現在の慶煕大学)英文科に編入、卒業した。

京畿中学4年生(高校1年)のとき、キム・オクユン、ベニー・キムらの勧めでピアニストとしての活動を始め、1954年『黄昏のエレジー』(ペク・イルヒ)を皮切りに、本格的に作曲家としての道に進んだ。

2002年サッカー日韓ワールドカップの応援歌にもなった『アリラン牧童』(パク・ダンマ)、世代を超え今も歌い継がれる『雨降る湖南線』(ソン・インホ)、李成愛(イ・ソンエ)が日本で歌った『カスマプゲ』などを作曲。また、1964年から李美子(イ・ミジャ)とコンビを組み、多くのヒット曲を生み出した。

ヒットメーカーとしての名声は日本にも届き、1978年には美空ひばりに『風酒場』を提供した。