韓国、そしてアジア人ポップグループとして初めてグラミー賞の「最優秀ポップ・デュオ/グループ・パフォーマンス賞」にノミネートされた、BTS。彼らを世界の大舞台に押し上げた大きな原動力のひとつがファン、ARMYの存在だ。
Black Lives Matter 運動への寄付など積極的な社会活動でも知られるARMYは、どんな人たちなのか。そしてなぜBTSに惹かれるのか。
3月15日(月)(日本時間)のグラミー賞授賞式を前に、『BTSとARMY』(イースト・プレス)の著者である社会学者のイ・ジヘンさんに、今回書籍『BTSとARMY』の訳者である桑畑優香さんにインタビューをお願いした。
――イ・ジヘンさんが考える、ARMYの特徴とは。
これまでのアーティストの多くは、ファンにとって「憧れ」であり、すこし遠い存在でした。でも、ARMYはBTSを「自分たちと同じ存在」だと感じています。彼らがメッセージとして発信する悩みや挫折などを身近に感じ、同じ時代を生きる仲間だと受け止めているんです。そして、他人のつらさに共感し、違うと思うことに意見を述べ、弱者とされる人たちが成功できる社会を作ろうとするのがARMYだと思います。
――社会学者でありながら、ARMYに関心をもった一番大きな理由は何ですか。
BTSを知ったのは、2017年のアメリカン・ミュージック・アワード(以下AMA)でパフォーマンスをした時でした。インディーズ音楽をよく聴いていてK-POPには関心がなかったけれど、「あのAMAに韓国のアーティストが出るのか」と気になり、YouTubeでチェックしました。
会場にいたアメリカ人が熱狂しているのがすごく不思議で、彼/彼女たちの感情の源になっているのは何か、気になったのです。そして、BTSとは何なのか、どんな歌詞なのか調べようと動画を次々と見ているうちに、わたしも沼落ちして(笑)。ファン投票をしたり、アルバムを買ったり。気づいたら夢中になっていました。
――ご自身もARMYになったイ・ジヘンさんがARMYについて本を書こうと思ったきっかけとは。
2018年に『LOVE YOURSELF 轉 ’Tear’』が、アメリカ「Billboard200」でK-POP初の全米1位を獲得したころから、世界のメディアの注目がBTSに集まり、彼らの歩みがダイナミックに変化しました。それを記録したいと思ったんです。ARMYの歴史を記すことは、未来にとっても大事な記録になると思いました。
――ARMYの世界を探求しながら、気づいたことや驚いたことを教えてください。
実は、わたしはアイドルのファンに偏見を持っていたんです。「たんに若者が一時的にはまっているのだろう」と。でも、ファンダムのなかに入って知ったのは、年齢層が10代からミドルエイジの人までとても幅広く、国籍も様々なこと。結束力も強い。すごく真摯にBTSにアプローチしているファンが多いんです。
ファンダムのなかには、さまざまなグループがあることにも驚きました。BTSについてのコンテンツを翻訳する人たち、学者、心のケアをするグループ、チャリティー団体など。共通しているのは、BTSと一緒に成長したいと思っていることです。今自分がもっている能力を生かして連帯し、よりよいものをともに作りたいと望んでいる。BTSが歌い語るメッセージを、自分自身の物語として受け止めているんですね。
たとえば、ファンダムのなかではよく知られている、One in an ARMYという慈善団体があります。2018年に、BTSがユニセフと「LOVE MYSELF」をテーマにキャンペーンをしました。それを見たあるファンが「私たちもBTSと一緒に世の中を少しでも良くするために何かできないだろうか」とTwitterに書いたら、世界のあちこちにいるARMYが応じたんです。
中心となるメンバーには、NGOで働いたことがある人や、ライター、デザイナーなどもいます。One in an ARMYはファンダム内でも信頼されていて、昨年BTSが所属事務所のBig Hit EntertainmentとともにBlack Lives Matterを支援するため100万ドルをBLM団体のグローバル・ネットワーク財団に寄付した時には、同じ額の寄付をわずか24時間でARMYたちから集めました。毎月小さな慈善団体の運営をサポートする募金を集めていて、今年に入ってからは韓国のシングルマザーを支援するグループに寄付をしています。
――世界中のARMYが連帯する背景には、マイノリティーやジェンダーなど、現代社会が抱える問題も関係しているのでしょうか。
ARMYが世界で増えている理由はいろいろあると思いますが、おっしゃる通り現代社会の問題も要因のひとつだと思います。21世紀に入ってネットが発展し、人や物が国家間を移動するスピードも速くなりました。世界が多様性を受け入れなければならない時代が来たと同時に、アイデンティティが異なる人同士の葛藤も激しくなっています。
そんななか、RMが、国連でのスピーチや、インタビューなどでいつも語っているのは、「あなたが誰なのか、どこから来たのか、肌の色や ジェンダー意識は関係ない」ということ。BTS自身、東アジアの片隅にある国の小さな芸能事務所から生まれたグループです。彼らの歩みにARMYは自分たちの思いを投影している。BTSはさまざまな多様性をもつ人たちをひとつにつなぐ役割をしているのではないでしょうか。
――そんなARMYとBTSとの関係が、K-POP、そして世界の音楽業界に与えた影響とは。
近代以降、文明の歴史は西洋中心でした。音楽の歴史も同様です。欧米で流行ったものが世界のトレンドになる。でも、BTSはそれをひっくり返しました。Billboardの成績など、数字にも表れていますよね。これは韓国だけでなく、東アジアから起きた地殻変動です。大きな変化がBTSで可視化された。それを可能にしたのがARMYです。
――「BTSとARMY」は韓国語と英語でも出版されていますが、読者からはどのような感想が寄せられましたか。
韓国のファンも他の国のファンも、同じ部分に共感したと言います。「『わたしの人生で一番必要だった時にBTSと出会った』という言葉に涙が出た」という人がたくさんいました。告白すると、わたしも本を書きながら何度も泣きました。「自分の個人的な経験や考えがBTSと重なる」という感想が多かったです。
――いよいよグラミー賞の結果が、3月15日(日本時間)に発表されます。
音楽的な成功はBillboardやグラミーなど欧米のチャートや賞だけでははかれません。受賞する、しないにかかわらず、グラミー賞以後は、また別の基準で成果が語られるようになればいい。わたしたちがそれぞれ考える基準でBTSや音楽の価値について話すことができるようになればと望んでいます。
書籍:『BTSとARMY わたしたちは連帯する』2月17日に刊行。
同書では、自身もBTSのファンを意味する「ARMY」だというイ・ジヘンがBTSの快挙とARMYの連帯を社会学の視点から分析。日本語版には古家正亨へのインタビュー「彼らは世界を一つにする象徴だから」が掲載される。
著者:イ・ジヘン
梨花女子大学で理学士、米国カリフォルニア芸術大学で芸術学修士(映画演出)、中央大学先端映像大学院で映画学博士(映画理論)の学位を取得。 檀国大学や延世大学などの講師を経て、現在は中央大学で映画についての講義を担当。映像物等級委員会の委員も務める。博士学位論文のテーマは「破局と映画:21世紀の映画における破局の感情構造」(2015)。 ポストヒューマン、映像文化と現代性の関係、ニューメディア時代の大衆文化研究に関心を持っている。
訳者:桑畑 優香(くわはた・ゆか)
早稲田大学第一文学部卒業。延世大学語学堂・ソウル大学政治学科で学ぶ。
「ニュースステーション」ディレクターを経てフリーに。ドラマ・映画のレビューやK-POPアーティストへのインタビューを中心に『韓国語学習ジャーナルhana』『韓流旋風』『現代ビジネス』『デイリー新潮』『AERA』『Yahoo! ニュース 個人』などに寄稿・翻訳。訳書に『韓国映画俳優辞典』(ダイヤモンド社・共訳)、『花ばぁば』(ころから)、『韓国映画100選』(クオン)、『BTSを読む なぜ世界を夢中にさせるのか』(柏書房)、『家にいるのに家に帰りたい』(辰巳出版)などがある。
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