キム・ジョンウン の最新ニュースまとめ
リ氏はカンウォンド(江原道)トンチョン(通川)市出身の79歳とされる。ピョンヤン(平壌)の演劇映画大学で学んだ後、国立演劇団に女優として在籍しながら朝鮮中央放送委員会のアナウンサー候補として選抜・教育を経て選考を受け、1971年2月に朝鮮中央放送委員会のアナウンサーとして登用された。朝鮮中央テレビがカラー化された1974年にテレビアナウンサーとしてデビューした。
正恩氏の父、金正日(キム・ジョンイル)氏は李氏の声を「浸透力が高い」と評価したといい、その後重用され、「特別重大放送」などを担当する看板アナウンサーになった。チマ・チョゴリ姿で、大きな抑揚をつけてニュース原稿を読む姿は、日本でもよく知られている。1994年7月のキム・イルソン(金日成)主席の死去、2011年12月の金正日総書記の死去を伝えたのも李氏だ。1994年には、アナウンサー最大の栄誉とされる「人民放送員」の称号が与えられた。人民放送員は北朝鮮アナウンサーの3段階の格付けのうち最高位にあたり、数名しかいないとされる。
しかし、看板アナウンサーでありながら、これまで一定期間、テレビに登場しなかったことがある。2008年には約1か月出演しなかった。また、2011年には10月19日以降、2か月間登場せず、61日ぶりにチマ・チョゴリの喪服姿で出演した李氏は嗚咽(おえつ)をこらえながら金正日総書記の死去を伝えた。
その後、若手のアナウンサーが起用されてきたが、ミサイル発射や核実験など、重要な放送を行う場合には李氏が出演してきた。今年3月には新型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射を伝えた。2012年に中国中央テレビの取材に応じた李氏は「後進の育成のため、ニュース番組に出演する時間を減らしている」と語っている。
7日付の労働新聞は、9日の建国記念日を前に、李氏らに「労働英雄」の称号が贈られたと報じた。労働新聞は称号が贈られた理由について「独特な話術や表現を用いて、党員らを奮い立たせることに大きく貢献した」と伝えた。李氏は金正日政権時代にも「労働英雄」の称号が贈られており今回が2度目。建国記念日を前に、朝鮮労働党に献身的な人物を手厚く処遇することで、金総書記の忠誠心を高める狙いがあるものとみられる。
李氏には今年4月、金正恩総書記から新築住宅が贈られた。李氏は「敬愛する金正恩小書記が、住宅の竣工式に参加し、テープカットをしました」とニュース番組で自ら伝えた。
贈られた新築住宅を金総書記と時折腕を組みながら嬉しそうに見て回る姿は日本でも報じられた。金総書記は李氏について「50余年間、党が与えた革命のマイクと共に高潔な生をつづってきた」とし、「青春時代の気迫と情熱で、わが党の声、チュチェ(主体)朝鮮の声を全世界に発している。党の政策と国策、偉大なわが国家の地位を世界に知らせる非常に重要な仕事をしている」と絶賛した。
北朝鮮の女性アナウンサーは定年が55歳と言われる。特別な存在であるがゆえに、79歳になってもなお第一線で活躍を続けている。しかし、最近は原稿を読み間違えることもあり、韓国メディアに指摘された。日常の番組は全て録画放送だが、2018年5月、金総書記と中国の習近平国家主席が会談した際、朝鮮中央テレビはこれを速報で伝えた。李氏は原稿を読む途中で止まったり、同じ文章を繰り返したりした。
「労働英雄」の称号が与えられた李氏。今後も一線での活躍が期待されるが、テレビ画面に李氏が登場するということは概して深刻な重大ニュースを伝えるということを意味し、北朝鮮の住民はもとより、世界のメディアなどの北朝鮮ウォッチャーに緊張が走る瞬間でもある。
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